小説「花へんろ」を読んで
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花へんろ(夢の巻、風の巻、海の巻)  早坂 暁著 勉誠出版

主人公の静子が声楽家を目指して東京の音楽学校への進学するため家出し、叔母の家に駆け込む所から物語は始まる。叔母が父に話を付けてくれる約束で東京へいざ行かんとする所で関東大震災に遭遇し東京が崩壊したため、夢は断念する事になるが、家に帰れず叔母の家の次男の勝二と結婚する事から波乱の人生がはじまる。

叔母の家は愛媛県の風早町の遍路道に面した「富屋勧商場」である。分家を起し夫勝二が経営する雑貨商と静子が経営を任された大正座という映画館を舞台とし、そこに出入りする人々を通して見た大正期から太平洋戦争終戦までの庶民の生活史である。勧商場は現在のスーパーの様な所であろう。

田舎に生きる人々の生活実態や、ラジオも未だ十分普及して居なかった時代に中央の政治情勢などの情報が四国の片田舎に伝わってくる様子や、軍部の統制が強かった時代に政治の裏側の情勢が漏れ伝わる状況など、情報を受信する地方の立場から見た実態がよく描かれている。政治の裏情報は、いわゆる地下活動の情報網から得られる設定である。この小説の初出が「しんぶん赤旗」である事からもうなずける。

遍路道の中で生きる人たちの思いも細かく書かれている。静子は勧商場の前に置かれていた女児の捨て子を春子と名付け大師様からの預かり物として大事に育てた。日ロ戦争を経て日本の軍部が台頭し戦争への参戦ムードが高まってくる。満州事変、上海事変など関東軍の台頭から戦争が拡大し、遂に太平洋戦争に突入してゆく中、市井の人たちの様子が細かく描かれている。早坂暁は1929年(昭和4年)生まれであるから、自分の体験を中心に小説化したものと推測出来る。

長男昇一は海軍兵学校に入学し兵役に就き、今生の別れとなる時に母から春子の出生について知らされ、春子も又静子から出生について聞き、本当に好きになっても良いことを知らされる。そしてお互いに会いたくても会えぬ状況で広島への原子爆弾投下に遭遇し永遠の別れとなる。

最後にお遍路に出発し、弘法大師に寄り添って貰い気持ちの落着を図るという、お遍路道に生まれた作者の実体験をベースにしているように感じられた。

蛇足ながら、この本の後書きで、弘法大師空海の本名が佐伯真魚(さえきまお)であることを知った。


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